窯だより バックナンバー 2023年 5~8月



   

予定のページでお知らせ中の「伝統工芸・神奈川会展」が

横浜髙島屋7階 美術画廊にて9日より開催されていますが、

なんと、出品した『灰釉銀彩大鉢・縞Shima』が最高賞の「会長賞」を受賞しました。

最近取り組んでいる、染織的イメージの作品です。

帯状彩色と雲母銀吹付を横糸・縦糸になぞらえて

織物を思わせる陶の世界を試み、まだ実験段階ですが

授賞という形で評価いただけたことは、本当に励みになります。

会期は8月21日(月)まで。お時間ございましたら、ぜひ御高覧ください。

13日(日)、18日(金)は在廊いたします。

   

2023.8.11



   

先日、7月24日付の新聞にトイレ作り職人の技を競う「衛陶技能選手権」の記事があった。

こんな大会があるとは全く知らなかったが、主催は便器製造トップブランド「TOTO」。

現在、同社の製造工場は日本国内数カ所の他、

米国、インド、中国、ベトナム、タイ、台湾、など9ヵ国にあるそうで、

その技術向上が目的なのだという。

さて、実を言うと、この記事に興味を持ったのは、ある思い出があるからだ。

TOTOは20年ほど前まで、神奈川の茅ケ崎にも大規模な便器製造ラインを持っていた。

当時、僕は茅ケ崎市中海岸のギャラリーで定期的に個展をしていたが、

毎回の来場者の中にTOTOの幹部の方がいた。

そして、茅ケ崎工場の便器生産ライン終了が決定した今から20年まえのこと、

僕の作風をよく知るその人が、直径60センチの大皿を焼くのに適した

耐火棚板・カーボランダムを下さると言ってきた。

男性用小便器焼成用カーボランダムが処分予定と。

嬉しかった、この手の特注サイズはとにかく高価で、

そもそも個人作陶家が必要とする枚数では作ってもらえないのである。

個展終了後、頂戴しに訪問の際、重量物を車に積むため家族で参上すると、

せっかくだから、と工場内を生産工程順に案内して下さった。

てっきり、大工場での大量生産ならば、オートメーションによる

ハイテク工場とばかり思っていた僕が目の当たりにした驚愕の光景。

なんと、我々と何ら変わらぬ、手造り感満載の作陶風景だったのである。

 

2023.8.1



   

鹿児島県も南端に位置する、南九州市川辺町宮の飯倉神社に伝わる馬上杯2点が

14世紀の中国・元時代に景徳鎮で焼かれた青白磁で、

日本初確認の装飾が施されているものと分かった。

高さ10センチの杯には透し彫りや、ビーズ紐状装飾があって、

このタイプは中国でも出土例がわずかという極めて珍しい作。

このように完全な形で日本に残っていたとは奇跡といえよう。

このたび飯倉神社から宝物の寄託を受けた

南九州市「知覧ミュージアム」が調査して分かったのである。

だが神社は奈良時代の創建で、馬上杯が伝わった

時期や経緯を示す資料は残ってないそうだ。

ただ、他の宝物と並ぶポスターを見ると後ろ奥の水注が

元時代末期から明時代初期の龍泉窯青磁のようだから、

ひょっとすると一緒に鎌倉時代後期の渡来かもしれない。

神社がある一帯は日本の外れながら、鎌倉時代には

幕府の実権を握る、北条得宗家の領地だったことからも。

ともあれレパートリー何でも有りの景徳鎮とはいえ、これは珍品中の珍品。

見てみたくとも九州最南端では、あまりに遠いのである。

   

2023.7.16



   

今年2月から根津美術館で3回に分けて開催された『西田コレクション受贈記念展』の

最終回、「阿蘭陀・安南etc」(オランダ・ベトナム他)へ行った。

寒風凍てる真冬から、カキツバタ咲く陽春、そして緑陰恋しい夏へと、

根津美術館の庭園歩きと共に楽しんだ、西田先生らしい

蒐集品の鑑賞も、これで終わりかと思うとちょっと寂しくもあった。

美術館自体が収集保管する美術品と一線を画す個人コレクションは、

その人なりのスパイスが効いていて、そこがとにかく面白い。

この「阿蘭陀・安南etc」展、会場に入るや対峙する独立ケース内に

鎮座した「塩釉人物文水注」などは、その最たるもの。

箱書きからすると江戸中期の享保18年(1733)に

山形藩主から家臣か誰かに下賜された品のようだ。

研究によると、この手の陶磁器はドイツ・ライン川沿いのヴェスターヴァルト窯で

16世紀末から17世紀に焼かれたワイン注器だという。

瓶の首に長く垂れた髭のある顔の浮き彫りがあるところから、

日本では通称「ひげ徳利」の名で知られる異国情緒たっぷりの瓶。

なるほど、そうなると1700年ころドイツで製造され、

はるばる日本に渡り来て東北地方で酒宴を取り持ったわけだ。

そして300年、ワイン好きの西田先生は、この瓶で美酒を注いだであろうか。

と、まぁ、ところで会期中のメイン会場は

「救いの みほとけ-お地蔵様の美術-」

日本人にとって親しみ深い、地蔵信仰の歴史とその広がりを概観する、

すばらしい見応えある企画展であった。

     

2023.7.1



   

その時、僕の頭の中をシューマンのピアノ曲「子どもの情景・トロイメライ」が流れた。

最近、地元の自治会長職務や工芸会の役員、近隣市の展覧会審査と、

滞りがちな作陶を憂いながらの裏山散歩がずっと続いていたのだ。

そんな中、この窯だよりに何度か登場している、

散歩コース半ばの通称「雑事場」にある登山案内看板を見て、

スッと心がほぐれていったのである。

「視線を変えると?」というタイトルで自然を楽しむ、小さなアドバイス。

そこに描かれているイラストの仕草、格好から観えるもの、

それは、すっかり忘れていた懐かしい世界。

子ども時代の情景だった。

股の間から見る逆さまの景色、しゃがんで見る小さな生命、

耳を澄ますと聞こえる自然の気配。

見上げると、少し恐い巨大な息吹、ざわめき。

あぁ、遠い昔。子ども時代の、あの時、あの空間。

頭の中を流れるトロイメライは、どこまでも優しかった。

   

2023.6.16



   

13年ぶりに虎ノ門にあるホテルオークラの大倉集古館を訪ねた。

大倉集古館は大正6年創設の日本で最初の私立美術館である。

ホテルオークラの開業は東京五輪2年前の昭和37年だから、

ホテルの付属施設のように思われがちだが、じつは集古館が歴史は古いのだ。

大倉財閥を築いた大倉喜八郎が収集した、日本を中心に

アジア諸地域の美術コレクションを基盤としながら、

ゴージャスな西洋アンティークなどの企画展も開催している。

13年前は「開窯300年・マイセン西洋磁器の誕生」展の内覧会に訪館、

レセプションで振る舞われた高級ワインに、

これがステータスシンボル「ホテルオークラ」が提供しているワインかと、

無遠慮にグビグビ何杯も飲んだのを恥ずかしく思い出す。

今回は特別展「愛のヴィクトリアン・ジュエリー」、

大英帝国がもっとも繁栄したヴィクトリア女王(在位1837‐1901)時代の

イギリス上流階級のライフスタイルをテーマにした展覧に。

ジュエリーも工芸の一端、たまにはこの方面の勉強も必要だしね。

しかし、それにしても久しぶりに行ってビックリしたのはホテルの様変わり。

かつてのシンプルながら日本的威風オーラを発していた「ホテルオークラ」が、

今風のどこにでもあるようなタワービル・ホテル「The Okura Tokyo」に。

なんだか、拍子抜けした気分であった。

   

2023.6.2




   

先週金曜の12日、根津美術館の「西田コレクション受贈記念展Ⅱ・唐物」へ行った。

3月に窯だよりでお伝えした展覧会のPartⅡである。

西田先生らしい珍しい唐物収集品をゆっくり楽しんだあとは、

特別展「国宝・燕子花図屏風・光琳の生きた時代」にも。

何と言っても、根津美術館を代表する尾形光琳のこの作品。

中庭の池に群生するカキツバタの開花時期に合わせての展覧会は、

年間企画の中でも、言わずと知れた一大イベントなのだ。

これは、屏風と花をセットで観るのがマナー。

会期終了2日前のタイミングだったので盛りは過ぎていたが、

それも自然の妙味、日本らしい風情に心安らぐ思いだった。

さて、今回は早めに丹沢を出てきたので時間はたっぷり。

銀座へ移動して、ご案内いただいていた並木通り7丁目の

ノエビア銀座ギャラリー「藤森 武 写真展・熊谷守一」を拝見。

そして久しぶりの銀座をブラブラ。中央通りに出て、日本楽器ヤマハに。

ストックを切らしていたE線とG線を求め、ふと8丁目方向を見いやると・・・。

あそこは?、4日前に起きた花の銀座を震撼させた白昼の凶行、

「高級時計店ロレックス覆面強盗事件」の現場なのであった。

おぉ、僕の野次馬的感情は、もう止められない。

行ってみると、皆さん同じなんですねぇ、スマホでバチバチ撮影中!

中には、一心不乱で現場の店をバックに自撮りしてる人もいたのだった。

   

2023.5.16



   

毎春の楽しみ、『プリマヴェーラ コンサート』が「みなとみらいホール」に戻ってきた。

約2年の大改装工事が昨秋に完成、その間は戸塚「さくらプラザホール」で

開催され、そこも中々良い会場だったが、

やはり「みなとみらいホール」の開演時間を告げる”ジャーン”という銅鑼の響きは、

中華街を控えるエキゾチックな横浜風情を醸し、何とも心地良いのである。

そんなわけで、入場前の軽い夕食は中華料理でと

ホール隣接のクイーンズスクエア内「陳麻婆豆腐」に入った。

この店の本店は四川省成都市で創業は清朝末期、1862年。

麻婆豆腐発祥の本家本元で、他の四川料理店で提供されているのは、

みな陳麻婆豆腐のアレンジなのだ。

日本の「陳麻婆豆腐」は、世界で唯一の暖簾分け店だそうである。

本物のマーボー食べて、美しい室内楽の調べに酔い、

横浜みなとみらいの夜景と潮の香り。

プリマヴェーラはイタリア語の「春」。

『プリマヴェーラ コンサート』が、みなとみらいホールに帰ってきた春の宵だった。

   

2023.5.1




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