窯だより バックナンバー 2012年 9〜12月


 

今年も 残すは あと1日となった。  さて、僕の この一年は・・・、 と いうと。

オ、そうだ、 先日 昨年から ゆっくり ゆっくりと読んできた 「源氏物語」 を読了した。

嫋嫋たる 余韻を残し、物語は ここに完結したのだ。

千年の時を越えて 読み継がれる作品とは、なるほど こういうものか。 と、正直 感動した。

最終の帖 「夢浮橋」 は紫式部の もののあはれ、その 具現を見るようでもあった。

うきはし は 夢の中の危うい通い道。  新古今集に 藤原定家 は、

「 春の夜の 夢の浮橋 とだえして  嶺にわかるる 横雲の空 」  と 詠んでいる。

式部の心延えが 紡ぎ織る 五十四帖の大長編、それは著された平安の時代から現代に至るまで、

多くの読者を得ただけではなく、文学者、歌人たちをも感慨させ 幾多の注釈書を産出させてきた。

平安末の 藤原伊行「源氏釈」、鎌倉では 藤原定家「奥入」、

江戸期には 本居宣長「玉の小櫛」、萩原広道「源氏物語評釈」 が 知られるし、近代では 坪内逍遥が 「小説真髄」において。

現代語訳は、与謝野晶子、谷崎潤一郎、円地文子、瀬戸内寂聴 等の作家が行っている。

僕は、谷崎の”新々訳”で読んだのだが、新々訳ってもんで 谷崎は なんと3回も現代訳しているわけだ。恐れ入る。

又、アーサー・ウェーリー の英訳は 名訳として有名だし、他の外国語訳もある。

道理。  「源氏物語」は、永遠の本なのであった。

さてさて、みなさま 今年一年 大変お世話になりました。 ありがとう ございます。

どうぞ 良い年を お迎えくださいませ。

克童 拝

2012.12.30.


先日、文京区大塚にある 護国寺の 茶筅供養茶会に行った。

護国寺では毎年末、お茶人たちが その年に使用した茶筅を持ち寄り 本堂で供養法を執り行い、

境内に点在する七つの茶室にて、茶道各流派が それぞれ茶会を受け持つそうである。

僕は 昔からお世話いただいている方が、円成庵という三畳台目の席を担当され、お招きを受けたのだった。

共通フリーパスのような入席券で 7席全てOKとやらで、お酒も好きだが 甘いものにも目が無い僕は、

一瞬 むむッ と 変な欲望が沸き起りもしたが、食欲の秋は疾うに過ぎ、今は もう師走。

これから なにかと慌ただしくなる前に 暫しの閑を憩うべし、と 心入れた。

門をくぐり、露地の飛石に散った枯葉を カサリと踏み、

釜の音だけが 静かに流れる ほの暗い茶室へ 席入りしたのであった。

2012.12.14.


映画 『ボブ・マーリー/ルーツ・オブ・レジェンド』 を 観てきた。

ジャマイカ独立50周年記念作品でもある この映画は、生まれ故郷 ジャマイカの歴史を変えた レゲエ・ミュージシャン、

ボブ・マーリーの素顔を追った オフィシャル・ドキュメンタリーである。

春ごろ、映画の製作完成を ラジオで知ってからというもの 待ち遠に・・。

そして いよいよ 9月 日本上陸、オー! ん?、 しかし 上映館は たった東京都内の3館だけ、?

しかも個展準備の 超忙しい時期に重なるという アン ハピネス!!。  チェッ〜!と、諦めていたのだった・・。

それが、あんた、なんと なんと、となり街の ” シネプレックス平塚” に来ちゃったじゃ あ〜りませんかぁ。

平塚は 湘南なんです、ちゃんと レゲエ・フィルムが 来るのだぁぁ。

ところで、レゲエは知ってても ボブ・マーリーは知らないという若者もいるようで、ちょっと さびしい。

ボブが亡くなってから もうすでに30年以上が経つことだから 当然とも思うが・・・。

”レゲエ” を世界に広げるコンサート活動のなか、”ラスタファリ”という 奴隷としてジャマイカに来た

アフリカに出自を持つ人々の 地位向上を希求する運動など、愛と平和、人種問題を訴え続けた。

そして、当時 ジャマイカで 流血の争いを繰り広げていた 二大政党の争いに巻き込まれて

狙撃される事件に遭いながらも、後に 対立する政党の党首を ステージ上で 握手させるという 奇跡までおこす。

その 「ワン・ラブ・ピース・コンサート」は、死者が出てもおかしくない緊迫した状況下で行われた 伝説のコンサートだ。

”キング・オブ・レゲエ” ”レゲエの神様” と呼ばれ、世界中にレゲエ旋風を巻き起こし、

36歳という若さで 惜しくも 病に散った ボブ・マーリー。

その 葬儀は ジャマイカ国中の涙のなか、1981年 5月 21日、

首都 キングストンにて 国葬されたのだった。

2012.12.1.


個展と その前後の忙しさに中断していた源氏物語も、やっと頁をめくる時間を持てるようになった。

久しぶりである。  まぁ しかし、すっかり遠ざかっていたわけでもない。

じつは 中断したところは源氏がすでに御隠れになった次世代、宇治十帖の”寄生”、舞台は京から宇治へと移っていた。

「そうだ、宇治へ行こう」、京都市内と違い 物語の片鱗を偲ぶことが叶うかもしれない。

個展前日、大阪入りの新幹線を 途中下車した。

あいにくの雨であったが、水量を増した宇治川は 轟々と音をたて、橋姫の帖を彷彿させる。

夕霧の別荘が のちの平等院であろうから、その対岸で宇治橋を見下ろす 場所に位置する

大姫君、中姫君の住まいはというと、現在の” 橋寺 放生院”と考えられる。

高台にある寺への 急な階段を登り、靴のなかまで濡れる雨のなか、ひとり宇治川の流れを見遣った。 ここか・・、悦なり。

宇治では 源氏物語ミュージアムにも立ち寄ったが、大阪でも幸運なことに

逸翁美術館の秋季展が なんと「源氏物語・遊興の世界」展だった。

鎌倉〜江戸時代の屏風、画帖、色紙、絵巻などなど、全国の美術館、個人蔵のコレクションを堪能できたのである。

そして、そして今週、ついに 国宝の源氏物語絵巻と対峙した。

世に 「隆能源氏」 と呼ばれている 平安時代に描かれた絵巻は、国宝指定され十九図が現存する。

うち、十五図は尾張徳川家に伝来し、現在は徳川美術館が所蔵。

そして 残る四図が 江戸末期に 阿波蜂須賀家から民間に流出、遍歴、今は 五島美術館に収蔵されている。

その五島美術館が2年間の休館を経てリニューアル。

「新装開館記念名品展・時代の美」と銘打ち、4部構成で10月20日にスタートした。

そう、第1部・奈良 平安編に 国宝の源氏物語絵巻が出展されたのである。

18日までの会期に すべり込みセーフ。 いやいや・・、満悦なり。

ん、さぁて、 ゆっくりと つづきを読むことにしよう。

全五十四帖、 残すは 六帖である。

2012.11.17.


大阪島屋での「中島克童 作陶展」が、10月30日に無事終了いたしました。

このまえの窯だよりで お話ししたとおり、関西にはメッチャ知り合いが少ないのですが、

島屋美術部がつくるブログ ” It Art 〜タカシマヤ Blog 〜”に、「デジャブなやきもの」のタイトルで

会期2日目の朝にはUPされ、たくさんの皆様に御来場いただけました。

とは言っても 僕はいつものごとく、昼は あそこのうどん、こっちのたこ焼き、

夕方になれば この季節 やっぱ てっちり でしょう、なんて 会場はルスがち。

おまけに 正倉院展に会期が合っちゃって やれ奈良博だなんて、あいかわらずの不良作家。

せっかく来場いただきながら お会いできず失礼しちゃった方も多いのでは・・。

今になって 反省しているのでございます。 かんにんやでぇ〜。

そんなことで、まぁ、大阪から戻る新幹線の車窓の木々も、心なしか往くときより 色づいているようでした。

2012.11.2.


まいどッ。 さて、いよいよ 大阪島屋での 「中島克童 作陶展」も 来週のこととなりました。

前回展から なんと3年半、島屋の改装工事や耐震補強工事、はたまた隣接する南海ビル建直し工事と

その度 美術フロアは右往左往、ずいぶん間があいてしまいましたが、思えば まだ これが2回目の大阪なのです。

んなわけで、十月の涼やかな風の中、なんば道頓堀の食べ歩きなどを兼ねて、ぜひ遊びにいらして下さい。

・・と 言っても、関西には ほとんど知人がいない小生、多分 この「窯だより」をご覧の皆さんは 関東勢。

んでもって、あちらに誰か お知り合いのある方、ひと言 知らせてやって おくんなさいまし。

10月24日(水)〜30日(火)、島屋大阪店6階 ギャラリーNEXT です。

予定のページに詳細UPしてありますから、よろしくなのでございます。

私めも 新しいガイドブックを買って スタンバイ、まだまだ食べ残してる ナニワB級グルメ・・・、 楽しみだぁ〜〜

2012.10.15.


今年の十五夜は 9月30日、台風のため名月を拝むことは叶わなかったが、

僕はこの時期 台風接近の報道を眼にすると、20年以上まえに起きた ある珍奇な出来事を思い出すのだ。

・・ その日 台風は九州沖にあって 本州に向かって進んでいた。

深夜 0時をまわったころ、電話が鳴った。 昔、デッサンを習っていた先生、油彩画家からだった。 

「中島〜、寝てた?わるいねぇ、じつは 東名で事故っちゃって、車つぶれちゃってさぁ、

これから秦野インターに運ばれるんだけど、オマエんち近いだろ?泊めてくれよ。

あさってからの個展の絵を積んでんだよ、朝んなったら レンタカー借りて 九州に向かうからさぁ」

先生は郷里である大分県の百貨店での個展作品を積み、東京・江戸川のアトリエを出発、

首都高から東名に入り 西に向かって走行中に事故に遭ったのである。

神奈川最西部に位置する都夫良野トンネル、事故多発で悪名高いツブラノ周辺は標高が高く、 カーブ、トンネルが多い難所だ。

その日も トンネル入り口では穏やかだった天候が、出口で大雨。

前方を走っていた車が いきなりスピンしたらしい。 避けようとして 急ハンドル、こちらもスピンして 後ろ向きに停まった。

そこで 眼に飛び込んだのは、トラックのヘッドライトだったそうだ。

オー マイ ゴッド! 先生が そう叫んだかは 知らない。

・・・とにかく、あわてて、迎えに行った秦野インターで待つこと暫し、事故車搬送トラックがやって来た。

荷台の車を見ると エンジンルームが完全に潰れ 跡形もない。 うわぁ、これじゃ・・、と よぎる不安。

が、トラック助手席のドアが開くと 先生がニッコリ、なんと奥さんも一緒だ、二人とも怪我ひとつ無いらしい。

幸運なことに 作品も無事、さっそく僕の車に移し 我家に向かった。

朝になって、先生は まず 百貨店・美術部の人に電話、「これこれ こういう訳で・・・」

そのときの美術の人の反応は、「えっ、っで、先生っ! 作品はっ??」

オレよか 絵の方が 心配ってかぁ? と、先生 苦笑い・・・。

さて、とにかく、レンタカーを手配し、作品を積み替え 一路 九州へ 突っ走る。

しかし、この時すでに 台風は 四国沖を北東に進んでいたのだった。

・・・ ここからは、数日後 先生からのお礼の電話で聞いたことであるが・・・、

あの日、高速に乗ると 天候は西に行くほど悪化、台風に向かって走るのだから当然だ。

名古屋を通過するころには かなりの風雨となっていた。 と、その時、信じられない事が起こる。

反対車線を東京に向かって走行してた 新聞印刷ロール紙の運送トラックが風に煽られ 積荷が落下!

直径1メートルを超す相当な重量のロール紙はバウンドし、中央分離帯を 飛び越した!

オー マイ ゴッド! 先生が そう叫んだかは 知らない が、

なんと、 そのロール紙は 運転していたレンタカーに 直撃!

車の前方は 大破、これで 2台目の車も つぶれてしまったのだ。

が、ここでも運良く 二人とも怪我なく、レンタカー会社に電話で 事情を告げると

すぐさま 現場近くの営業所が 代わりの車を用意してくれたそうだ。

作品を積み替え、 さあ 急がねば!と アクセルを踏む。

・・・ が、 こともあろうに、ここで台風が関西に上陸! 高速道路は 大阪手前で 封鎖通行止と 相成った。

今さら 一般道を走っても・・ と ゲートを目の前に 車中で仮眠。

台風一過の青空の下を大分に向かってドライブしたのは、個展会期初日のことだった。

もう 開店している百貨店には 昼前に到着、 入口で美術部全員が お出迎え。

作品が無事に着いたことに歓喜、作家は さておき 作品を抱え 画廊に駆け上がり、ついに個展がスタートされたのだった。

・・・ 不死身の画家 「 渡辺 宏・個展 」 が ちょうど今、有楽町の交通会館1F ”ギャラリー・パールルーム”で開催中、10月6日(土)まで・・・

2012.10.2. 


先月、個展DMの製作プランを そろそろ と書いてから 早や一ヶ月、あれこれプランを練って

島屋宣伝部に切手面の校正をチェックしてもらったりして、やっとこさ 昨日14日、DM印刷の入稿を済ませた。

”無事 入稿を・・”と 書きたいところであるが、なにせ通販印刷だから コンピューター制御の機械まかせで 無事かどうかは分らない。

一応 入稿データチェックは人間がやるけど、それはデータの圧縮・送信で破損が無かったか、印刷段階に進むにあたり 問題は無いか だけ。

あとは ぶっつけ本番、データ製作上の カラー変換や 画像解像度変更など 忘れてたりしたら 一巻の終わり、

思いも寄らぬ印刷物が 送られてくることとなるわけである。

ま、そんな心配は さておき、今回の写真は 以前お知らせした デジタル一眼レフカメラで撮影した。

山中の仕事場は、夜になると 外からの光が無いので 絶好のスタジオとなる。

セッティングはフィルムの頃と変りないが、露出測定や露光時間計算が要らないから作業も速いし、

何より感動したのは ”自動ゆがみ補正”という機能だ。

カメラのレンズは、広角側では 樽型のゆがみ、望遠側で 糸巻き型のゆがみ が出る性質がある、

作品撮りは だいたい望遠を使うから 幾つかの作品を並べての撮影では、

画面上側では 両サイドが上がり 画面下側は 両サイドが下がる 糸巻き型変形が 焦点距離に相応して発生する。

以前の大判フィルムカメラでは、アオリ機能を使って解消するのに結構大変な作業だったが、

デジタルはズームした焦点距離を自動で読み込み、発生するであろう ゆがみ分を 勝手に補正してくれちゃうのだ。

フィルム現像というタイムロスも無く、撮影結果を その場で確認できるし・・・、

いやぁ〜、まっこと 便利な 時代じゃのおぉ〜〜!!

・・・・と、どっぷり 現世主義に 耽溺している自分を感じて、ん、ちょっと 怖かったのである。

2012.9.15.


ブルームーン、 なんとも いい 響きだ。

じつは、8月31日の満月は ブルームーン と呼ばれる 月 なのだと聞いて、心が ムズっとした。

調べてみると ブルームーン は天文用語ではないが、そう名付けられられた月は 3種あることが分る。

第一が、視覚的に青い月、大気中の塵や水滴の干渉により 青く見える月で、火山の噴火後などに多く確認される。

第二は、ひとつの季節に4回 満月があるときの3番目の満月。 ん〜、ちょっと分りにくいが

月齢の周期が暦の ひと月より短いために、何年かに一度あるらしい。でも、別に 色のことではない。

そして、第三の ブルームーン が 8月31日の月で、

ひと月に2度 満月がある場合の 2回目の満月、これも月齢周期によるもので

8月2日も満月だったから 31日の満月が ブルームーン となるわけだ。

こちらも 何年かに の レアものだが やはり色に関係は無く、名の由来は 不明とのこと。

して、31日、夜。 庭の小石までが影をつくる明るさに誘い出され、

夜空を 見上げれば、みごとな まん丸お月様が 光っている。

なるほど これが ブルームーン か、と 感慨ひとしお・・、と 言いたいところだが

ビジュアル的に 普通の満月なのである。

少々 がっかり して 家に入り、しばし ぼんやりしていると、 雨音が ポツポツと 始まり、サァーっと 雨が 通りすぎる様子。

あれ? あんなに天気が良かったのに?     廊下の カーテンを 開けて 空に 目をやると・ ・ ・、

え ?、 青い 月?  ブルームーン が 静かに 微笑んでいた

2012.9.1.


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                                             2012年   5〜8 月


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