窯だより バックナンバー 2019年 1~4


   

我が家の春恒例「箱根スパ&フィッシング」は行き帰りに箱根以外の散策を楽しみとするが、

なぜかここ何年か源頼朝がらみとなっているのだ。

今年もまず中伊豆の修善寺に行って北上しながら箱根に入るルートで仏像拝観するのが目的だったが、

この地域の寺となるとやはりそうなって当然なのだろう。

『修善寺』では特別拝観の国指定重要文化財、実慶作「本尊大日如来」を。

しかしこの寺は歌舞伎「修善寺物語」の題材、頼朝の長子である源頼家が北条氏に幽閉、謀殺された悲劇の舞台でもある。

戯曲発案きっかけの木彫古面「頼家の仮面」はおどろおどろしい。

史書「吾妻鏡」に、入浴中の頼家に煮え漆を浴びせ掛けてから斬殺したとあり、

漆にかぶれて腫れあがったその死相を仮面にしたと伝わるもので、かなり不気味だ。

次は伊豆長岡を過ぎて、狩野川を背にした『願成就院』へ。

運慶作「阿弥陀如来坐像」「毘沙門天像」「不動明王像」「矜羯童子像」「制吨迦童子像」、5体全て国宝指定される。

この寺は義父北条時政が頼朝の奥州討伐の戦勝を祈願して建立した寺で頼朝も参拝、時政の墓所でもある。

そして、韮山の山深く分け入る『毘沙門堂』仁王門は運慶修飾の「金剛力士像」が睨みを利かすが、

この寺こそ後白河法皇の怒りにふれ流されてきた文覚が、

頼朝に父義朝のどくろを見せて旗揚げの決意をうながしたという

ちょっと薄気味悪い山寺で、行ったのが夕暮れ時でなおさらだったのである。

まあ、そんなこんなで頼朝がらみついでに帰りは真鶴半島まわりで。

石橋山敗戦後、湯河原山中から箱根と逃げ回り海から舟で脱出する際、

最後に身を潜ませていた洞穴「鵐の窟」にも、ご丁寧に寄ってから帰宅したのであった。

   

2019.4.16



 

全国的関心が新元号発表という時にかなりローカルな話題だが、今ここ秦野市の公民館で

「三浦乾也」に関する企画展が9日まで開かれている、と聞いてもその名を知る人は少ないだろう。

で、簡単に説明すると乾也は”六代 乾山”、江戸中期の京都の陶工で光琳の弟でもある

あのビックネーム「尾形乾山」の六代にあたる陶芸家である。

乾山は晩年、関東に移り江戸で没したが、最後に陶技をしたためた「伝書」を残した。

その「伝書」を受け継ぐ者たちが「乾山」代々とされたのであって、

陶工だけに限られず”四代”はなんと絵師「酒井抱一」というから驚いてしまう。

三浦乾也は浅草今戸焼で伯父から陶技を学んだれっきとした陶工ではあったが、

その才は広く、造船、製鉄、ガラス製造にまで及んだという。

1821文政4年に浅草で生まれ、長崎、仙台、横須賀、東京での活動後1889明治22年に69歳で没した。

秦野には友人 梶山良助の招きで明治3年に赴き築窯、工芸的作陶のほか

日本初の電信用碍子、水道用土管の開発に従事し大きな成果を残している。

しかしながら、明治10年その地一帯の大火で窯は全壊、秦野を離れたそうである。

そしてその年”六代 尾形乾山”を浦野乾哉に譲り、陶技はバーナードリーチや富本憲吉へと継がれてゆく。

時は流れ、秦野で三浦乾也を記憶する人々も絶えて久しい。

この度、秦野出身の三浦乾也研究家が永年収集した資料及び乾山の流れを汲む乾也作品群で構成、

”三浦乾也没後130年企画展 !! 梶山良助の友人『三浦乾也』”と銘打って発表。

小規模ながら、内容の濃い貴重な展示なのである。

   

2019.4.1


   

卒業式シーズンなのだろう、街に降りると其処かしこで学生服の胸にコサージュをつけ黒い紙筒を手にした若者の姿を目にする。

そう云えば、僕の出た高校の卒業式には素敵な伝統があることを昨秋届いた同窓会報で知った。

東京杉並区にある豊多摩高校卒業の先輩に、先輩などといっても22才も上だが 詩人の谷川俊太郎さんがいる。

その谷川さんが昭和43年、37歳のとき豊多摩を卒業してゆく後輩のために、

題 『あなたに』という「火・水・人間」の3つのイメージからなる詩を創作し贈ってくれた。

その詩は それより卒業式に欠かさず朗読されることとなり、昨年で50年を重ねたそうだ。

それを先達て知ったというのは、じつは僕は卒業式に出ていないから。

元々 豊多摩は都立の中では ちょっと異質な高校で、制服が無く服装自由、旧制中学の気分を残して下駄履き通学可。

広い構内にある林は”なまけの森”と称され、授業をサボっていても其処だけは許される治外法権。

そんな校風によって卒業式までサボってしまう輩もいて、僕もその一人、

47年まえの あの日は南紀州をのんびり旅していたのだった。

ところで、その同窓会報には詩『あなたに』全文のほかに現在の「谷川さんからのメッセージ」も載せられ、

中に こんなことを、「私は豊多摩高の良い生徒ではありませんでした。」と、

あぁ、それは大ぶん違う意味でだけれども、心なしかホッとしたのであった。

『あなたに』は のちに題を『三つのイメージ』として、詩集「魂のいちばんおいしいところ」(サンリオ、1990)に収録。

素晴らしい詩です、ここに「あなたに」を転載することはできませんが、

「三つのイメージ」にリンクしてありますので、ぜひ御一読ください。

   

2019.3.14


   

3月1日はヤマメ、イワナ釣りの渓流解禁日で、8年ぶりに西丹沢の渓谷へ釣行した。

ここ丹沢に窯を持ってからほぼ毎年解禁時に通っていた沢だ。

釣りを愛した小説家、井伏鱒二の旅情あふれる山釣りの随筆世界を思わす素敵な所だったが、

9年まえ、2010年9月の台風が西丹沢を襲った未曾有の大雨は、その谷を源流部のみを残し壊滅状態に、

沢は流れ出た土石に埋もれて渓流の宝石と呼ばれる山女魚は姿を消した。

8年まえの春、変わり果てた沢を訪れた僕は喪失感だけを胸に山を下り、山釣りに終止符を打ったのだった。

それからの春は箱根芦ノ湖で解禁を迎えるようになっていたのだが・・・、

先日、ふと書棚の井伏鱒二「釣師・釣場」の本が目に留まり、何かどうしょうもない懐かしさが湧きたった。

そして長い間しまい込んでいた渓流竿を引っ張り出したのである。

3月1日は晴れの予報が外れ、1日雨の中の釣りとなった。

あの台風で一面石ころと化した河原を延々と歩き登り詰めた先のあの沢は、

いくぶん溪相を整えてたっぷりの水流で僕を迎えてくれた。

果たして山女魚は戻ってきてくれたか・・・、

ちょっと震える指先で釣り針に餌を付け、流れに振り込んだ。



2019.3.4


   

『 エリック・クラプトン-12小節の人生-』 を観てきた。

僕が中学生時代から敬愛するブルース・ギタリストの波乱に満ちた壮絶な人生に迫る音楽ドキュメンタリー映画である。

グラミー賞を18回受賞、ロックの殿堂入りを3回果たすなど”ギターの神様”と評されながら、

私生活では幸福と快楽、愛情と欲望の区別がつかぬ日々を送る。

ドラッグとアルコールに溺れ、病的なまでの女性遍歴、

親友ジョージ・ハリスンの妻を禁断と知りつつ奪い取るなど、人生のどん底に身を置くことも長かった。

1991年に最愛の息子を4歳で事故により失い、その身を引き裂かれるような悲しみのうち人間として再生し74歳の現在に至るが、

長年にわたるクラプトンのプライベートを含む赤裸々な映像は驚嘆に値するものだった。

そしてその全ての体験はギター演奏に現れて、ブルージーな哀愁を帯びた音色となって聴くものを魅了させた。

ところで、映画は近くの「あつぎのえいがかんkiki」で観たが、シート数150余りのスクリーンは

ライブ感に溢れ、大型シネマコンプレックスには無い味がある。

それに大体ミニシアター系は音響設備が良くて音楽映像に向いている。

20年程まえにキューバ音楽の映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』を

渋谷スペイン坂上にあったミニシアター「シネマライズ」で観た時、

売店で”ラムコーク”が売られる粋なはからいに上映前にけっこう気持ちが良くなりスクリーン近くに陣取ったところ、

開演同時の大音量に腰を抜かし慌てて後ろの方の席に退却したことがある。

今回のシアターにも「あつぎ驚音プロジェクト」なる21インチ大口径サブウーファーを

ガンガンに響かせた重低音サウンド体感上映が週に1度あったのだが、

シニアチケットで入場する自分の歳を考えて止めておいた。

まじ、即死しかねないから。

 

2019.2.13


 

先日の新聞に、「幻」とも言われる『盛安本 源氏物語絵巻』のうち「夕顔」の死を描いた場面が

フランスで見つかったとの記事が写真入りで掲載された。

「盛安本」は江戸時代初期に活躍した”杉原盛安”の手によるとされるが、

全容は分かっておらず 源氏絵で不幸な場面を描いたものは極めて珍しい。

しかし、現在は ばらばらになって、54帖のうち 4帖部が海外で発見されているぐらいで、

日本では 大津市の「石山寺」が『末摘花 上』を所持、重要文化財に指定されている。

さすが、石山寺は紫式部が「源氏物語」の構想を練ったという寺だけあって、

源氏物語にまつわる 絵画をはじめ、さまざまな優品が数多く伝来している。

昨年秋に訪れた折にも、複製の「石山本・源氏小鏡」を求めてきたが、

54帖を 彩色挿絵で綴るあらすじ本で、時折り手に取っては平安の世を夢遊している。

この『源氏小鏡』も、ドイツのバイエルン州立図書館に所蔵されることが、近年 報告されているが、

日本では石山寺蔵本が唯一の存在なのである。

   

2019.1.31


   

新春の読書は恥ずかしながら kindle で始まりました。

昨年暮れに谷崎潤一郎の初版複刻本に絡んで紙書籍の味わいを述べておきながら、その舌の根の乾かぬうちに この体たらく。

しかし、まぁ 電子書籍には やはりそれなりの利便性があるのも事実なのでございます。

というのは、おととし1年間とっていた朝日新聞の連載小説、吉田修一『国宝』を毎日楽しみに読んでいたのですが、

その年いっぱいで定期購読契約が切れ、残り4分の1のところで他紙に代わってしまい、

後の展開、結末知らずのまま悶々とした1年を過ごしていたのです。

「吉田修一」は芥川賞作家で以前、妻夫木聡と深津絵里が主演した映画『悪人』の原作者といえば お分かりの方も多いはず。

この『国宝』は、極道の家に生まれながらも希代の歌舞伎役者にのぼりつめる男の一代記で、

芸道を極める人間の孤独と悦楽が見事に描かれているのですが、

あぁ、最後はどうなるのでしょうか・・・、と 1年間。

新聞連載は昨年5月に終了していたので、そのうち単行本にと心待ちにしていましたところ、

昨秋やっと出版されまして すぐさま書店へ走りました。

しかし見れば、それは1年半の長期連載ですから 上下2巻となっておりまして、

厚さも たっぷりある立派な本、お値段だって立派なのでございます。

ん~、残す4分の1を読むために 下巻1冊だけを求める決断には至りませんでした。

さて、この正月休み、韓国ソウルから帰省した我が娘に それを愚痴りますれば、

「そういう時は、アマゾン・キンドルがお手軽よ ♡」 と。

え?なに?それ どうやんのぉ?

と、”kindle”をインストールしてもらい、『国宝・下巻』をダウンロードしたわけであります。

価格も割安、家から一歩も出ることなくワンクリック購入、30秒後には いきなり読書タイムに。

いや~、こりゃ便利やわぁ~ と、

年頭はタブレットで kindle 読書となりました次第なのでございます。

2019.1.13





明けまして おめでとうございます

平成31年 元旦


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